見る速度を落とす
油彩と写真では、対象の輪郭、光、距離を時間をかけて確かめる。早く答えを出さず、画面に残すものを選ぶ。
Minami Tuzumi / TM_aiart
油彩から生成AI、BPR・DX、SFまで。
見る、つくる、考えるを分断せず、ひとつの実践として公開する。
Scroll to move through the practice.
01 / Fine Art
物を描くことが、すべての活動の根にある。
鉛筆の線、絵具の厚み、黒から灰へ移る階調。Fine Artは、家族や友人を長く見つめ、何を画面に残すかを選び直すための基礎になっている。身近な人の表情と存在を繰り返し描いてきた。ここでは制作年や架空の題名を補わず、現在残る写真とファイル名のまま掲載する。作品を説明で固定するより、画面の中に残った視線と時間を、見る人がそのまま受け取れる状態にしておきたい。
IMG_0002 / 960 × 622 px
Click for full screen02 / AI Art
AIを、表現のためのもうひとつの絵筆として扱う。
最終的な一枚だけではなく、モデルの挙動、偶然、反復の中で見つかる人物や風景の気配も制作の一部。Stable DiffusionをMacBookで動かすところから始まり、イラスト、フォト、映像、プロンプトの公開へと実験を広げてきた。油彩で培った観察と、生成AIが持ち込む予測できなさを同じ画面で往復しながら、きれいな成功だけでなく、少し変で捨てきれない失敗も残す。AIを魔法として扱わず、仕組みを学びながら表現へ戻すことを大切にしている。
03 / Profile


島根を軸に、写実絵画、AIイラスト、写真、文章、テクノロジーを横断して活動している。
写実絵画の観察、グラフィックデザインとバイイングで培った編集の感覚、そしてBPR・DX・AIの実装。異なる場所で身につけた手つきを、創作と実務のあいだで往復させている。
Zennでは画像生成AI、Embedding、組織のコンテキスト設計を体系化し、QuoraではAIや業務変革から写実画、社会、カルチャーまで、問いに対して長い思考を返す。技術を専門家だけの言葉に閉じず、非エンジニアの視点から触れられる形に翻訳することも活動の一部。
JDLA Deep Learning for GENERAL 2024 #1
04 / Method
媒体が変わっても、やっていることは同じ。見る、ほどく、組み替える。
油彩と写真では、対象の輪郭、光、距離を時間をかけて確かめる。早く答えを出さず、画面に残すものを選ぶ。
ZennではStable DiffusionやEmbeddingを、基礎から実装、倫理まで順番にほどく。分からないまま使わず、使える形まで言葉にする。
Quoraや実務では、ひとつの正解よりも、前提、反証、現場を重ねる。AIも組織も文化も、問い直しながら次の行動へつなげる。
05 / Connect
作品、技術、文章、コレクション。それぞれの媒体で、異なる速度と深さの発信を続けている。興味のある入口から、その先へ。
Connected channels / 発信の現在地
XとThreadsは、技術と視覚表現が日々どのように交差しているかを残す二つのフィールドノート。Xでは、AIに資料を作らせても説明責任は人間に残ること、安全ハーネスの弱いモデルへの警戒、UiPathからPowerShellやPythonへ置き換えてベンダーロックインを外した経験など、現場で確かめたことを短く返している。Threadsでは、BPR・DX・AI導入後の失敗や組織の改善ループを扱いながら、TM_aiartとして積み重ねてきた画像投稿もたどれる。技術と制作を分断せず、考えが生まれる途中を見せる場所。
画像生成AIを、完成品を素早く出す道具ではなく、視覚の可能性を試すための制作環境として使っている。InstagramにはAIイラスト、AIフォト、写真を含む数百件の投稿と、ambiance、beauty、Nice failuresなどのテーマ別記録を蓄積。chichi-puiではSpanish realismへの関心を背景に、街や店、食べ物、鉱物を題材にした作品とプロンプトを公開している。人物だけに閉じず、場所の空気や光、失敗から生まれた違和感まで、試行の履歴として見せる領域。
油彩と写真は、AI以前から続く活動の土台。大学で美術教育を学び、写実画を通して対象を長く見ること、光と輪郭を選ぶこと、絵具の層に時間を残すことを身につけた。そこから写真、映像、土地の文化へ視線を広げ、完成した作品だけでなく、場所で受け取った温度や距離も記録している。デジタルの速度から少し離れ、物そのものと向き合うための領域であり、AI作品を判断するときの視覚的な基準にもなっている。見るための訓練が、すべての媒体をつないでいる。
BPR・DX・AIの実装を背景に、技術を導入することより、現場で運用できる構造へ落とすことを考えている。ZennではCodexとOllamaの安全な分離、Claude Code Hooks、プロンプト管理、非エンジニアの並列作業から、Stable Diffusion、Embedding、High Context Managementまでを体系化。QuoraではAIの価値と責任、仕事の目的、社会やカルチャーの問いを前提から分解して答える。GitHubでは検証をコードと公開プロジェクトの形にし、文章だけで終わらない実装へ接続している。
技術や社会を説明する文章とは別に、記憶、時間、秩序の中にある静かな違和感を物語として編む。「第二玄関の国」では、長い昏睡から目覚めた人物を通して、犯罪リスクが数値化され、記録と幸福が再設計された社会を描いた。AI、監視、人格、失われた時間といった技術発信と共通する問いを、結論ではなく物語の体験として残している。ゲームもまた、世界設定、選択、他者の物語を内側から経験するための資料であり、創作と思考へ戻ってくる場所。
作品をタイムラインで見て終わるものにせず、画面の外へ持ち出すための領域。OpenSeaではデジタル作品をコレクションとして残し、SUZURIではイメージを生活の中で使えるプロダクトへ変換している。絵画の一点性、デジタルデータの複製可能性、グッズとして日常に入る軽さは、それぞれ異なる作品との距離をつくる。鑑賞、所有、使用という複数の関わり方から、気に入った作品を選べる入口としてまとめている。作品との距離を自分で選べるようにした。